祈 り


私は母の書く(祈る)姿を見て育ったので、私にとっても祈ることは日常だった。
今でも私が病気の時や勝負するとき、母は必ず写経してくれる。
母の写経を手にするととても心が落ち着く。
それは、「般若心経」の意味よりも、母の祈りが伝わるからだと思う。
1991年、私は自分の力の限界に挑むこととなった。
高さ4m、直径9mの作品(遊動天都)を、すべて自分の手で和紙を編んで作るのだ。
今、考えても気が遠くなる。
はたして無事に完成できるのかどうか、とても不安だった。
そんな時、古代の中国の儀式の話を聞いた。
それは建物をつくるとき、土台となる石垣の下に祈りの言葉を入れていくのだそうだ。
どうしてもこの作品を作りたい、
私は作品の中に祈りの文字を書き入れることにした。
今度は私が祈る番だ。
私は海岸に600畳分の和紙を敷きつめた。(1991年11月23日)
両手に大きな筆を1本ずつ持ち、2畳に1文字ずつ「般若心経」を書いていった。
浜風にあおられ砂に足をとられ何度も倒れそうになったが、
全身全霊を傾け1文字ずつしっかりと書いていった。
半分まで書いたところで力が尽きてきた。
しかしやめるわけにはいかない。
私は声を出し精神を集中させた。
すると、体は見えない力に導かれるように動き出した。
最後の文字を書き終えたとき、
私の中に何か別な力が宿っているのに気がついた。
これで作品作りにのぞめるかもしれない。
後から、母も同じ時刻に自宅で写経をしていたことを聞いた。
本当に嬉しかった。
私たちは同じ祈りで繋がっていたのだ。
あの時、自分の力を超えられたのは、
母のおかげに違いない。
それからというもの、私はこの和紙を細く切り、
1本1本縒って、ただひたすらに編み続けた。
私にとって編むことは祈ることだ。
作品の完成を思い描きながら、一目一目に祈りを込めた。
そして2年が過ぎ、ついに遊動天都は完成した。
いに理が強くなればなるほど制作に対する意欲が湧いてくる。
そして突き動かされるように行動してしまう。
祈りは私の生きる原動力になっているようだ。