永山の興味は、自分自身への身体へと向かい始めた。
身体を使って何かを探したかった、何かを掴みたかった。
絵画による表現を続ける傍ら、戸賀村演劇祭、サウンドファクトリー、檜枝又パフォーマンス・フェスティバル等、数々の公演に参加し、人々との出会いと交歓を行った。
駆け抜けるような日々が過ぎた。身体による模索と造形的なアプローチは、1988年、ギャラリースペース21で行われた個展において焦点を結ぶ。(K.M)


「インターコラボレーション240分」(1986)


「ひびきの考古学」(1986)



「ゆらぎの夢」(1986)


「ゆらぎの夢」(1986)


「メディア・ラッピング」(1986)